ボクたち人間は、当たり前のことですが、何かを考えるときというのは『自分の母国語を使って頭の中で会話』していますよね?考える事や思う事と言うのは、いわゆる“言語”を駆使して頭の中で情報を処理することです。
だから「言葉」って大切なんですよ!
様々な事が原因で、この「頭の中で言語を使って情報を処理する」事がとても苦手、不得意な方がいます。と言うか、実は「言語的な処理が困難な人がある一定数いる」と言うのです!!
今回紹介する論文は『Not Everybody Has an Inner Voice: Behavioral Consequences of Anendophasia』(誰もが内なる声を持っているわけではない:無内語症の行動的影響)と言うレビューです。
ボク達が日常的に行っている頭の中の会話を『innervoice:内なる声(心の声・内言)』と呼ばれる事が多いのですが、このレビューでは、人口の5〜10パーセントはこの内なる声を持たない「無内言症(anendophasia)」という状態であることが近年の研究で明らかになりつつある、と言っています。
当たり前に僕らが行っているこの「内なる声」と言うのは、認知科学において、計画、問題解決、自己反省、感情の調整など、多くの認知活動に関与し、私たちが日常生活で意思決定を行い、感情を整理し、社会的状況に適応するのを助けてくれていると考えられています。
外国語を習得するとき、多くの人が経験すると思うのですが、例えば英語を例に挙げてみましょう。
英語を耳から聞いてそれを頭の中で日本語に変換し、さらにその意味を理解して日本語で表した後、頭の中で英語に翻訳して口から英語として話す、と言う一連の流れがありますよね。
ま、これは英語学習の初歩では、この様な事が頭の中で起こっています。ただ、本当の意味で英語を習得できた後というのは、英語を耳から聞いて頭の中でも英語で理解し、英語として話す、と言う過程に変わります。
無内言症の人というのは、この様な学習過程がとても難しいと言われているんです。
じゃあ、その様な人たちはどのようにして理解・解決してるのか。これはまだハッキリとは分かっていないようですが、恐らく「イメージ」で処理している、とのこと。「ビジュアル」で考えているっていうことですね。
実はここで困ったことが起こるんです。
ボクは常々、事あるごとに「カウンセリングは日本語の勉強です」とお伝えしてきました。実はソレは、心理カウンセラーだけに当てはまることではなくて、心理カウンセリングを受ける、クライエント側にも当てはまるんです。
blog記事『心理カウンセリングを受ける人に知っていてほしいこと①答えはクライエントが持っている(リライト版)』でもお伝えしていますが、クライエントはまず、心理カウンセラーに対し、言葉を使ったり身振り手振りを使って、ご自身の「ツラい」「困った」「悲しい」「怒っている」様々な感情を説明します。それは、“感情”だけではなくて、その感情が沸き起こった“背景(バックグラウンド)”も含めて、です。
と言うことは、無内言症の人と言うのは、このような過程すら、難しくなると言う事です。
今、思い起こしてみると、ボクが理学療法士養成校の教員をしている時、担当してる学生が無断欠席ばかりするので、呼び出して面談をしたことがあります。しかし、彼は、何も言葉にできずただただ、泣いてばかりでした。
何がそんなにツラいのか、何に苦しんでいるのか、全くキチンと言葉にすることができず、結局ボクも、彼の「困った」「ツラい」の気持ちを察したり、理解し共感することができないまま、面談を終え、彼はそのまま退学してしまいました。
彼はもしかしたら無内言症、だったのかもしれません。
ここで誤った理解をしていけないのは「思考や感情を言葉で表現することが苦手」と言うレベルではなく「思考や感情を言葉で表現“できない”」と言うことです。
認知行動療法に取り組んだことがある方はご存知だと思いますが、認知行動療法を行う時、辛かったことや苦しかったことなどネガティブな感情を抱いた出来事を後から振り返り、その出来事をどのように受け止め、理解したか、を想起したりします。それは言語的な思考過程がうまく言っているからできることであって、無内言症の様な方には、非常に困難を伴う方法である、と言わざるを得ません。
もしあなたが、心理カウンセリングを受ける時(または日常生活を送る時)、感情や状況をうまく説明できない、と感じたり考えたりしたのであれば、その時はぜひ、勇気を持って「言葉ではうまく説明できません」「伝えたいのに言葉が見つかりません」と相手に伝えてほしいと思います。
一番困ってしまうのは、『何も言わないと言う選択をする』事です。
何も言わないと言う選択をしてしまうと、本当の意味で相手に何も伝わりません。
それは、「言葉にできなくて困っている」と言うことすらも、です。