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オンラインカウンセリング「勇者の部屋」の産業カウンセラー勝水のブログです。セクシャルマイノリティ(ゲイ)・身体障害者(HIV陽性者)・精神障害者(双極症)の当事者としての目線と、理学療法士・社会福祉士・産業カウンセラーとしての目線で、今まで経験したことや普段考えていることなど、様々な情報発信をしております。

2024年2月5日月曜日

グルグルグルグル グルグルグル ドッカァーン!!

 この言葉を書くと、どうしても「篠原ともえ」さんを思い出すんです(笑)。

今の若い方は、「篠原ともえ」さんというと、デザイナーとかアートディレクターとか、そんなイメージかも知れませんが、彼女、ずっと前は「天然キャラアイドル」だったんですよ(笑)想像できないかもしれませんが。




今回は、篠原ともえさんのお話ではありません(笑)


人は悩んでいる時、知らず知らずのうちに「ぐるぐる思考」になっていることがよくあります。「あ~でもないこ~でもない」「あ~すればこ~すれば」⇒グルグルグルグル

そのうちドッカーン!となりますね。

これを『反芻(はんすう)思考』と言います。

反芻(はんすう)とは…
ウシやキリンなど一部の動物にみられる、胃に入った食べ物をもう一度口に戻す行為を指す言葉で、ぐるぐる思考が反芻思考と呼ばれる由来となっています。ぐるぐる思考の例として、「あのとき、もう少し言い方を変えればよかった」など、過去の発言を後悔することなどがあげられます。

思考するのは悪いことではありませんが、何度もネガティブなことを考えすぎると、不安感が高まり、次第に気分が落ち込みやすくなってしまいます。

気分の落ち込みが続くと、心身の健康を崩す原因にもつながりかねないため、適切に対処することが大切です。


実はこの『グルグル思考』2種類あると言われています。


リフレクション

「リフレクション(Reflection)」とは、ネガティブな思考がよぎったときに、失敗の原因は何なのかを考える思考方法のことです。原因を分析する方法のため、ぐるぐる思考のなかでもポジティブな側面から自分を振り返ることができます。また、未来に向けて対策を検討できるようになるため、同じ失敗を繰り返さないための工夫にもなります。


ブルーディング

まさにこれが『グルグル思考』の真骨頂(笑)

「ブルーディング(Brooding)」とは、ネガティブな思考がよぎったときに、自分の性質や環境が悪いと考えることです。たとえば、「自分が成功できないのは周りのせいだ」「自分が失敗するのはなんの能力もないからだ」というふうに考える例があげられます。ブルーディングは、ぐるぐる思考のなかでも、ネガティブな側面に注目しがちな思考方法です。理不尽な感情や不満感が募りやすくなる考え方のため、精神面での不調が出やすくなります。


いわゆる「あ~でもないこ~でもない」と考えてしまい、その答えを得ることができず、思考が止まらなくなることです。

多かれ少なかれ、誰しも一度は経験したことがあるのではないでしょうか?

ブルーディングしてしまう人というはうつ病傾向の強い人と言われていて、以下のような性格の人が陥りやすいと言われています。
・繊細なところがある
・一人で抱え込んでしまうことが多い。
・完璧主義である。

ドキッとしたあなた、そこのアナタですよ!


実はボクもブルーディングし易い傾向にありました。でも対処法がいくつかあります。

・別のことで気をそらす
・身体を動かす
・自然に触れる
・マインドフルネス瞑想に取り組む
・原因から距離を置く
・誰かに話を聞いてもらう

端的に言えば「ジッと頭を抱えて考える状態から離れる」と言うことです。


ボクがよくやることなのですが、例えば勉強会やセミナー、講演会の講師をする時、スライドや配布資料を作成します。もちろん、話の流れに沿って作っていくわけですが、作り込めば作り込むほど「こっちが見やすいかな?」「この言葉の言い回しはどうかな」と不安になって、何度も何度も書き換えたり作り直したり(汗)

ボクは、それを止める方法として、そんな思考や行動に陥っていると気づいた時点で、パソコンの電源を落とします。そして「明日の朝までデータを開かない」と決めて他ごとをするようにします。

例えば家事をしたりシャワーを浴びたりTVを見たり映画を見たり。
時には外出して買い物に行ったり、カフェでのんびりしたり。

いわゆる『行動療法』的な手法を用いるのですが、これが案外、効果的で(笑)翌朝、もう一度見直してみると、思いもよらないアイディアが浮かんだりして、ブラッシュアップできることもしばしば。


それともう一つ。

人間は「考えないようにしよう」とすればするほど「それを考えてしまう生き物」なのです。

有名な例えですが、例えば「これから30秒間、バナナの事考えないで下さい」と言われて、一瞬たりともバナナの事を考えない人はいません。「考えてはいけない」と考えれば考えるほど、考えてしまう(笑)もうパラドクス(笑)



人間は考える動物です。

しかし、「考え方」や「考え過ぎ」に注意が必要とも言えるでしょう。

2024年1月31日水曜日

お一人様は知っておくべき?!成年後見制度

 実はあまり知られていない制度なのでは?と思い、今回のブログ記事のテーマにさせて頂きました。みなさんは『成年後見制度』って聞いたこと、ありますか?



ボクは今のところ(2024年1月現在)お一人様ゲイです(笑)。

家族は、母親と嫁に行った姉。もちろん父や母の血筋の従兄弟はおりますが、実質、母が他界したら近親者と言えば姉になります。しかし姉も嫁いだ身なので、我が家系の最後の嫡子となります(笑)

もしこの先、日本にも同性間の婚姻制度が制定されボクにも一生を伴侶を共にするパートナーが現れれば別かもしれませんが、今現在、まだどうなるか分かりません。そもそも、ボクにパートナーができるかどうか…(笑)


そこで問題になってくるのが、例えば病院に入院したときや要介護状態になった時に必要になる「保証人」。また、その前に事故や脳梗塞で高次脳機能障害になったり加齢で認知症になったりして、正しい判断ができなくなった時のアレヤコレヤ。

そう言う事態に備えて、「自分の変わりに正しい判断をしてくれて財産を守ってくれる人」が必要になってきます。それが『成年後見制度』なのです。


成年後見制度とは…
認知症、 知的障害、精神障害などの理由で、ひとりで決めることが心配な方々は、財産管理(不動産や預貯金などの管理、遺産分割協議などの相続手続など)や身上保護(介護・福祉サービスの利用契約や施設入所・入院の契約締結、履行状況の確認など)などの法律行為をひとりで行うのがむずかしい場合があります。

また、自分に不利益な契約であることがよくわからないままに契約を結んでしまい、悪質商法の被害にあうおそれもあります。
このような、ひとりで決めることに不安のある方々を法的に保護し、ご本人の意思を尊重した支援(意思決定支援)を行い、共に考え、地域全体で明るい未来を築いていく。それが成年後見制度です。


実はボクも、社会福祉の勉強を大学でした時に、この制度の名前は知っていたし、臨床現場でも実際に成年後見人を任用していた患者さんもおられたので、何となくは知っていたのですが、これを機にもう一度勉強し直しました。


上の図のフローチャートを見れば一目瞭然ですよね(笑)。

任意後見人は元気なうちに、自分の後見人となる人を自分自身で決めることができます。ボクがよく聞くのは、親族ですよね。同居していたり近隣に暮らしていて、ご自身と行き来がある場合は、あえてその親族を後見人に任命する必要はないと思いますが、例えば、甥や姪、従兄弟など少し遠い血筋の方を選びたい時は、申請するほうが良いかもしれません。

法定後見人は、ご自身が何らかの事情でご自身の意思表示が難しくなったり正しい判断がつかなくなってから家庭裁判所が選出して任命します。この場合、ボクが見てきた方の多くは、ご自身に血縁者がいないとかパートナーがいないとか、いわゆる『天涯孤独』の方が申請することが多く、後見人には“市民後見人”や“福祉や法律の専門家(社会福祉士・精神保健福祉士・司法書士・弁護士など)”が多いかなと思います。


上の図は法定後見人の申請から決定までの流れとおおよその必要経費が記載されています。結構、高額なんですよね。なので自治体によってはこの費用を補助する制度がある自治体もありますで、詳細はお近くの役所へお問合せ下さい。


上の図は法定後見人のそれぞれに与えられる権限・役割について示しています。法定後見人は、「後見」「補佐」「補助」の3つで、御本人の認知機能の程度や精神状態によって別れています。

しかし、この成年後見制度、良いことばかりではありません。以下にそのメリットとデメリットを示しています。



こうやってみてみると、良いことばかりではないですよね…正直、今ボクがこの制度を使いたいか?と問われると、躊躇しちゃいます。

しかし、もしもの時の「一つの選択肢」の知識として知っておくのは、悪いことではないと思いますし、もしかしたらご自分以外の身の回りに、制度を使ったほうが良いんじゃないかと思う人が現れるかもしれません。



成年後見制度というのは、「お金にまつわる様々な権利」が「自分以外の誰か」に移譲するわけですから、色んな縛りがキツイんだと思います。今回は「良い」「悪い」は置いておいて、まずは「その様な制度がある事を知る」ところから始めてみては、と思い記事にさせて頂きました。ご参考になれば。

2024年1月29日月曜日

気持ちを表現するのは“言葉”!感情と言葉の関係性

 面白い研究論文が見つかったので、皆さんに少し噛み砕きながら説明したいと思います。


東京理科大学と埼玉大学の研究者が発表した論文です。

Investigation of the structural features of word co-occurrence networks with increasing numbers of connected words(原題)

「単語の接続数が増加する単語共起ネットワークの構造的特徴の解明」(和訳題)


人間の感情というのは本当に様々な感情がありますよね。

ボクは常々、事あるごとに言っているのですが「心理カウンセリングは日本語の勉強です」と。つまり、感情を適切な言葉を用いて表現することや、クライエントの感情を共感するために、自分の中に持っている感情を表現する言葉の“持ち玉”をたくさん持っておくことが必要だと考えていて。

ちなみに『感情』にはどのようなものがあるか…



この図表は、ロバート・プルチックと言う方が提唱した「感情の輪」で、人間には基本的な8つの感情があり、その強弱や反対の感情と言う意味で、32の感情があるとしました。もちろん、それらには明確な境界線はありませんが、おおよそ、と言うことになります。

一方、今回紹介する論文は、「感情そのもの」ではなくて「感情を表現する言葉」についての研究です。


日本語における感情を表現する言葉というのは、200とも300ともソレ以上とも言われています。

この研究では、その「感情を表現する言葉」の“ハブ(Hub)”となるものはどんなモノか、というのを解析した研究です。

その結果、導き出された言葉は以下の4つ
・GOOD
・WANT
・BAD
・LOVE

これらの4つの言葉が意味するところというのは、非常に多くの意味合いを持っていますよね。


ちなみに「GOOD」を例にとってみましょう。

〚形容詞〛
〔程度が〕良い、優れた、素晴らしい
〔食べ物が〕おいしい、うまい
〔ある目的に〕かなう、適した、都合が良い
〔能力や技能の点で〕十分な力がある、上手な
〔人や行為などが〕善良な、親切な、優しい
〔人や性格などが〕高潔な、立派な、正直な
〔人生で経験することが〕味わう価値がある、人を楽しく[心地よく]させる
〔食べ物が〕腐っていない、新鮮な
〔機能などが〕正常な、しっかり動作する

健康な、丈夫な、けがをしていない
違いを見分けられる、目が肥えた、感覚が鋭い
かなりの大きさ[量]の、豊富な
丸々~の、少なくとも~の◆数量を表す語を修飾して

立派な、尊敬に値する、誉れある
〔顔立ちなどが〕見た目が良い、魅力的な、ハンサムな
健康に良い、体のためになる
全くの、完全な、徹底的な
〔投資などが〕確実な、信頼できる、当てになる
本当の、真実の、根拠がある
本物の、偽物ではない
〔人が〕支払い能力がある、寄付できる
〔人が〕従順な、おとなしい、人の言うことを聞く
〔社会慣習に照らして〕適切な、作法にかなった
〔人が〕仲の良い、親密な
〔テニスなどのボールが〕有効な、インの、グッドな◆コートの有効な範囲に落ちたこと。

〚副詞〛
〈主に米話〉うまく
〈主に米話〉かなり、だいぶ
〈主に米話〉じっくり
〈主に米話〉〔行為などが〕立派に

〚名詞〛
良い[役に立つ]こと[もの]、価値、効用、利益、幸福、ためになること
親切、善、(美)徳


「GOOD」と言う単語一つでこれだけの意味合いがあります。そりゃ「Hub」としての役割をしているのも納得ですよね。

この研究では英語を対象としているので、日本語にそのまま当てはめるのは少し乱暴なところもありますが、ボクも心理カウンセリングのセッション中、クライエントの発した言葉による出来事や感情に関して、その言葉が多様な意味合いを含む場合がるため、確認することがあります。



そしてその感情を表現するために人は「言葉」を使うのですが、その言葉の保つ意味というのは、時に主観的であったります。例えば「好き」と言う言葉でも、人によっては「愛している」と言う表現の一部だったり、ある人にとっては「ただのスキ」だったりしますよね。

「ツラい」だって「もう何もかも放り出したいくらいツラい」のか「とりあえず何とかなりそうなツラい」なのか、とか。

程度の問題や少しのニュアンスの違いで受け止め方も変わってきます。




ボクは心理カウンセリングにおいて、クライエントの「言葉にできないモヤモヤ」をキチンと理解して共感するために、その「言葉にできない」を「言葉にする」事が心理カウンセラーの役割の一つだと思っていて、その「言葉にする」ことを上手く表出できるだけで「何となくスッキリする」事ってあると思っています。

ホント、面白いですよ。

2024年1月26日金曜日

生きていくために必要なコト『対応力』『応用力』

日本は昔から、何故か『皆と同じ』に価値がおかれ、何かに突出した事をすると『おかしな人』『異質な人』とレッテルを貼る文化があります。
最近はあまり、その様は風潮は感じなくなりましたが、恐らくボクら世代より上(第二次ベビーブーム以前)の人たちには、学校教育でその様に教わってきたと思います。




かなり前の事ですが、ボクが短大の教員をしていた頃、推薦入試を受ける高校生の面接試験の面接官をさせて頂いた経験があります。

面接試験の合否判定ってもの凄く難しくって(笑)
と言うのも、判定基準に客観性がない(笑)ないと言うか、面接官の「印象」だけで判断してそれを点数化するから、ホント、主観の世界なんですよ。

もちろん、試験官は一人ではありません。毎年3人で対応してました。

面接は個人面接で1人におおよそ15〜20分程度。その間にその受験生の『人柄』みたいなものを見極めるんやから、もう、神業です(笑)と言って、こちらも真剣勝負ですから、面接試験のある日は終ると本当に頭から煙が出そうなくらい、エネルギーを使い果たしていました。

そんな面接試験、毎年、質問事項と言うのは大体決まってるんです。

どうして本校を受験したの?
どうしてリハセラピストを目指そうと思ったの?
どんなリハセラピストになりたい?
自分の長所と短所は?
高校時代の思い出は?

これくらいは定番で聞いてるんです。で、受験生もこの辺りの質問に対する答えは事前に用意してるから、スラスラと答えるわけですが…

大体、一番最後に、結構、突拍子もない質問をして、その受験生の『応用力』『対応力』を試す事があったんです。ボクが始めて面接官をした時、同席した先輩教員にお任せしたのですが、その教員の質問、何だったと思います?

「あなたを動物に例えるとなんですか?」

ですよ!(笑)もう、笑いたくなった。ボク。
そして受験生の、ポカンとした表情。

まさに、これ。絶句。(笑)
もちろん、これには意図したところがあって、その先輩教員は、その受験生に対し「なぜそう思ったのか」と言うところを探り、「自分の長所と短所をあげて下さい」と言う、まさに「準備してきた答え」ではない部分をあぶり出す質問だったのです。

ちなみにその先輩教員は、作業療法学科の専任教員でした。もう〝らしい!〟とボクは心のそこから感心しました。

何度も言いますが、面接試験って本当に、合否判定が難しくて「口なら何とでも言える」ところってありますよね?平たく言えば「嘘をつく」今風に言えば「盛る」ことだって出来ます。けれどその先にある本質を見抜くのって、本当に難しい。

当時、ボクは30歳手前でしたけど、そのためには人生経験が不足していました(笑)


『対応力』『応用力』というのは、もともと持っている素養もあるかもしれません。しかし、ボクが思うに、ソレに大きく影響を与えるのは、生育環境だったり教育だったりする部分が大きいような気がします。

冒頭でボクが「皆と同じに価値が置かれ」と述べました。
その弊害が、『対応力』『応用力』の“欠如”につながるのではないのかな~と思ってしまうわけです。

もちろん、大人になってから経験することとか、学校では教えてくれなかったことを学習することで得られるものもたくさんあります。けれど、やっぱり子供の頃に経験したことって、どんなに大人になって大きく影響すると思うんですよね。


少し、話しを脱線させて下さい(笑)
心理カウンセリングで、クライエントの問題解決に「認知行動療法」を取り入れたり「アサーション・トレーニング」を取り入れたり「アンガーマネージメント」何かを取り入れたりする事があるんです。詳しくは割愛させていただきますが、どれも、ある事象が起こったときに自分がどう対処するのか、またはどう受け止めるのか、と言うことろに着眼します。でもそれって、その人が長年かけて構築してきた「証」と言ってもいい部分を、下手をしたら根底から覆さなければならないこともあるんです。

自分が信じていた価値観や倫理観、哲学みたいなものを、ちょっと見直してみようか、みたいな感じなんですけど、そんなん、結構、頑張らんと変わりませんって!人って。

それで「認知行動療法」とか「アサーション・トレーニング」とかって、ある意味、とっさの出来事に対する『対応力』であったり『応用力』みたいなモノを、鍛え直すというか構築し治すみたいなところでもあるわけです。






このブログ記事のタイトルに“生きていくために必要なコト『対応力』『応用力』”としましたが、このストレスフルな現代社会において、「環境」だけが問題なのではなく、自分自信の「内面」も今一度見直す必要があるのでは、と思っています。

2024年1月24日水曜日

人はなぜ共感を求めるのか?

 医療や福祉の現場で働く人に求められる素養の1つとして『共感・共感力』がありますよね。何気なくこの『共感』と言う言葉を使っているのですが、なぜ人は共感してもらえると、相手位に対し肯定的に受け止めたり、親密になろうとするのでしょうか。




まずは、いつもの様に言葉の整理から(笑)

『共感』とは…
〘名〙 他人の考え、主張、感情を、自分もその通りだと感じること。また、その気持。同感。

[名](スル)他人の意見や感情などにそのとおりだと感じること。また、その気持ち。

共感とは、他人の気持ちや感じ方に自分を同調させる資質や力を意味する。すなわち、他人の感情や経験を、あたかも自分自身のこととして考え感じ理解し、それと同調したり共有したりするということである。その結果、ヒトは他人のことをより深く理解することができる。


以前、ボクが産業カウンセラーの養成講座を受けていた時、カール・ロジャースの来談者中心療法と言う心理療法の1つを勉強していた時、『心理カウンセリングの基本的な3つの態度』に「受容」「傾聴」「共感的理解」と言うのがあって、「共感と同情はどう違う?」みたいなディスカッションをしたことがあって。

そこで出た答えというか納得したのが〝同情(sympathy)が、悲痛や失敗など困難な経験やネガティブな状況にある他人を心配する感情に限定されるということに対して、共感(empathy)は、ポジティブな意味合いでも用いられる。〟って事。


「同情するなら金をくれ!」


そう、彼女も「同情」と言う一種の憐れみみたいなものに対してとても受け入れがたい感情だったのでしょう。

つまり「共感するなら金をくれ!」って思う人はあまりいない…と思うんですよ。『共感』ってプライスレスな価値があるって、皆さん、なんとなく分かっていると思うんですよね。


どんな精神的・心理的な理論でも(医学的な話し全般そうだけど)、そもそも遺伝的に生まれ持っているものなのか、それとも後天的に生育環境やいわゆる〝育ち〟による影響が大きいのか、と言う議論がなされるんだけど、この『共感』に関してもその議論があるようです。

遺伝的要素として語られる時、それが『進化の過程で何故ソレが必要になったのか』と言うことにフォーカスされることがあるんだけど、この『共感(力)』についても、進化の過程で必要となったから生まれてきたモノだ、と言う研究者がいるんですよ。


ダンバーDumber,R.I.M.とバートンBarton,R.A.(1997)は、次にような仮説を立てました。

霊長類が進化し発展を遂げた理由の一つに、捕食者に対抗する防衛手段として〝集団行動〟を獲得したことが挙げられるという。集団は、その集団を維持させることの優先順位が高いので、個体間にストレスを発生させるけれど、これを低減し、親和行動を促進させるために発達させたのが、多様な情動であると考えられる。また、身体の大型化に伴って脳の容量も増加し、他の個体の心を読みとる認知システム(心の理論theory of mind)が進化した。これが〝共感〟であると考えられる。

端的にいえば、集団行動を取るために生物は『共感』を獲得し、皆がその集団で上手く心地よく過ごすために獲得してきたんだ、と言う説です。


実はこの説には続きがあります。

『共感性』は生得的なものであり、同種の他個体に対する援助メカニズムであると考えている。これに従えば、子どもへの愛や信頼である子育てや親子の愛着が容易に説明できるからである。さらにこの『共感」のメカニズムこそが、ヒトが集団行動や絆を形成する基盤となると考えられる。このように考えると『共感』は、子育てという直接的な遺伝子複製を超えて、集団生活をする他個体に対してヒトがもつ利他的行動(間接的な互恵性)や道徳性とも関連する。ヒトが他個体を認識し、他人の心の理論を把持し、それに基づき親和的な社会生活をするうえで『共感』による基盤は必須なものと考えられる。


つまり、『本来は、上手く集団行動をしていくために獲得した〝共感〟は親子の愛着であったり利他的行動の説明がつく』と言っています。


ボク「利他的」と言う言葉、好きです(笑)

『自分のためじゃなく人のため』っていう行為・行動って、とても崇高なものだと思うんですよね。人として忘れちゃいけないもの、って思うんです。


先日の能登半島大地震。元日からとても衝撃的な出来事が起こりました。ボクは自分のメンタルを守るために、衝撃的な映像を見ないように1週間ほどは、積極的にSNSを見たり地上波のTVを見たりせず過ごしたのですが、徐々に、加熱的な報道が治まりつつある頃に、ネットニュースやSNSでその情報を見聞きしました。

とても驚いたのは、阪神淡路大震災や東日本大震災の時とは比べ物にならないほど、素早く的確な援助・支援が現地入りしていることです。

ボクの知人の医師もDMATとして3日間、現地に入られたとSNSで見ました。


これってすごいことだと思うんです。もちろん、自衛隊員など訓練された人たちが援助・支援をされているのは分かりますが、下手をしたら自分自身の命の危険さえあるやもしれない状況で、誰かのために活動する…ボクは感動すら覚えました。




心理カウンセリングにおいて『共感』はとても大切なキーワードになります。『他人事ではなくて自分事として寄り添う』そんなマインドがそこにはあるんです。

共感…人間社会において生きていく上で、なくてはならないもの、と言っても過言ではない、とボクは思っています。

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 2024年11月28日(木)~30日(土)にかけ、東京において開催された『 第38回日本エイズ学会 』の『POSITIVE TALK 2024』にて、HIV陽性者の当事者としてスピーチをしてきました。まずは、その発表原稿の全文を、こちらでご紹介させて頂きます。 なお、読みやすい...