近年、メンタルヘルスの重要性が広く認識されるようになり、心の病気という言葉も頻繁に耳にするようになりました。しかし、こころの不調、すなわち精神疾患の診断は、身体疾患と比べて非常に難しいものであることはあまり知られていません。
ボクは、医師ではありません。ただ、20年近く精神障害者として精神科や心療内科とのお付き合いが長くなり、また、ボク自身が理学療法士であったり産業カウンセラーであったりして、『医療の裏側』をある程度、知っている者として見えてくるものもありました。今回は、精神疾患の診断の難しさについて、様々な側面から解説していきます。
1. 可視化できない症状
まず、精神疾患の診断を難しくする大きな要因の一つに、症状の可視化の困難さが挙げられます。風邪や骨折のように、目に見える、あるいは画像検査などで客観的に確認できる症状とは異なり、精神疾患の症状は、患者の主観的な訴えや行動観察に頼る部分が大きくなります。
例えば、うつ病の患者さんは、「気分が沈む」「やる気が出ない」といった精神的な苦痛を訴えますが、これらの症状を血液検査や画像診断で確認することはできません。医師は、患者の言葉や表情、行動から症状の重症度を判断するしかありません。そのため、医師の経験や主観によって診断結果が左右される可能性があり、診断の一貫性を保つことが難しいのです。
2. 曖昧な診断基準
精神疾患の診断には、DSM(精神障害の診断と統計マニュアル)やICD(国際疾病分類)といった診断基準が用いられます。しかし、これらの診断基準は、あくまでもガイドラインであり、すべての患者さんに完璧に当てはまるわけではありません。
また、診断基準に記載されている症状は、他の精神疾患にも共通するものが多く、境界線が曖昧な場合も少なくありません。例えば、うつ病と双極性障害は、どちらも抑うつ状態を呈しますが、双極性障害の場合は躁状態も現れるという特徴があります。しかし、初期段階では症状が似ているため、鑑別が難しい場合があります。
さらに、精神疾患は、時間経過とともに症状が変化していくことも診断を複雑にしています。初期には不眠のみを訴えていた患者さんが、数か月後に幻覚や妄想を呈し、統合失調症と診断されるケースもあります。このように、精神疾患の診断は、一度行っただけで確定するものではなく、継続的な観察と評価が必要となるのです。
3. 詐病の可能性
精神疾患の診断を難しくするもう一つの要因として、詐病の可能性が挙げられます。詐病とは、病気でないにもかかわらず、病気であるように装うことです。金銭的な利益を得る目的や、責任を逃れるためなど、様々な理由で詐病が行われます。
医師は、患者の訴えや行動、検査結果などを総合的に判断し、詐病の可能性を見極める必要があります。しかし、巧妙な詐病を見破ることは容易ではなく、医師の経験や勘に頼らざるを得ない場面も少なくありません。詐病を見破るための検査も存在しますが、完璧な方法はありません。
精神科医は、詐病を見抜くために、以下のような点に注意しながら診察を行っています:
•患者の訴えが医学的に合理的かどうか
•検査結果と患者の訴えに矛盾がないか
•患者の行動や態度に不自然な点がないか
4. 偏見とスティグマ
精神疾患に対する偏見やスティグマ(負の烙印)も、診断を難しくする要因の一つです。精神疾患は、「心の弱い人がなる病気」「治らない病気」などと誤解されがちで、周囲に知られることを恐れて受診をためらう人が少なくありません。
特に、日本では、精神疾患に対する偏見が根強く、精神科を受診することに抵抗感を持つ人も多くいます。このような状況では、早期発見・早期治療が遅れ、病状が悪化する可能性が高まります。
5.精神疾患の診断における今後の展望
精神疾患の診断は、患者さんとのコミュニケーションを重視した丁寧な問診が不可欠です。医師は、患者さんの話をじっくりと聞き、症状や経過、生活状況などを詳しく把握することで、より正確な診断に近づけることができます。
また、近年では、脳科学の進歩により、脳の活動や構造を画像化し、精神疾患との関連性を調べる研究が進められています。将来的には、これらの研究成果が、より客観的な診断方法の開発につながることが期待されています。
6.私たちにできること
精神疾患は、決して特別な病気ではありません。誰でも、人生の様々な場面で、心のバランスを崩す可能性があります。大切なのは、精神疾患に対する正しい知識を持ち、偏見やスティグマをなくすことです。
そしてもし、ご自身が精神科や心療内科を受診することになったとき、これらのことを十分に頭に入れて、医師と向き合っていただきたいと思います。
何度もお伝えしますが、精神科領域の病気というのは、患者様からの訴えや自覚症状が、診断するだけでなくお薬の種類や量など決めるための、重要な情報源になります。正しく診断していいただき、より良い治療を受けるためには、患者さん自身と医師とのコミュニケーションが大事であり、ボクの経験から言えるとしたら、「患者さんが前のめりになるくらいに医師に訴える」という方法が、とても良い、と感じています。
「こんなこと言ったら医師になんて思われるだろう」「医師に嫌われてしまったらどうしよう」そんな心配は、不要です。
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